Jin Nakamura log

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東京都古書籍商業協同組合

正式名称はチト長い通称神保町古書会館、行ってきた。追分コロニー見習い身分のパスもらって毎週月曜の大市入館OK。業者間取引の真剣勝負の場なのであまり詳細は書けませんが(ホントは書きたいこと満載なんだけど…)いやとってもお勉強になりました。

例えばアートとかモノツクリ系の仕事って0からナニかを生み出すでしょ(実際は全く無からはできませんがイメージとしてです)。なので自ら何かしらの労力を提供したサービスに対してとか、生みの大変さを体感したモノにはそれなりに正当な対価を提示する勇気を持てるのだけれど、すでにあるブツを仕入れてそこにいかほどかのマージンをのせて利益を得るという仕組みに実はあまり慣れていません…ていうかそもそもそういう方法になんらかの違和感というかともすれば後ろめたささえ感じたりしてしまうことがあるわけです。それって実際には全くピントがずれたことなのだけれど、そういうことにほとんど興味がないので、まあ感覚としてはそんなもんでしょう。“つくっていられればシアワセ”って資本主義社会ではこれって限りなくイコール社会性の欠如になりかねませんね。特にアートの場合この傾向が他のクリエティヴな仕事比しても強くあります。ただ時にこうした社会的な規範からの逸脱や需要生産(お客様ニーズってやつ)の必然から遠く離れた感覚が表現として結実したとき、逆にその社会に想像もつかないような影響を与えちゃったりする…てなパラドックスも成立するわけだけど…

て、だからアートはエライ!なんて書こうとしてるんじゃないんですよ、逆です。今回僕は古書店仕入れ見習いとして潜入なんですけど、新米小僧の感想はその現場に必要なのは編集力と勘…かな、プラス真剣勝負。僕も作り手なんでね、お金の計算を絶えずしなきゃならない現場って非常に疲れるんだけど“仕入れる”てけっこうクリエイティブな仕事ね。そこには今のアートに足りない(日本だけかもだけど)凄みがありそうな。

あ〜ホントは現場の雰囲気、写真でリポートしたかったなー、オモロイよ。

分枝

映像作家machida氏のディレクションの「分枝/branching-03」(ネット版はこちら)に寄稿。創刊から誘われていはいたのだが、なんかいつもタイミングを逸していたので今回は締め切りの翌日に滑り込みで。ずっと使うの迷ってた雅号(画号)…とりあえず俳号として様子見でデビューさせてみた「ヨキシズク」…う〜んこういうのいってそのうち慣れんのかな…。

さて僕の最近の「分枝」は…というと「アマチマリ」。漢字で書くと「天地」「真理」ですからね、名前にチカラ有りすぎっしょ。この名に匹敵するのは僕は「ソラウミ」「空海」しか思い浮かばない。

僕が国宝善光寺の池でカメ獲って怒られてた中坊の頃、かのキレイなおネェさんはすでにTVのブラウン管の中の国民的アイドルだったわけです。で、数日前になんとなく唐突にココロの枝先にひっかかったので本日TUTAYAにてたった1枚だけあった「MariAmachi Complete Shingles Collection and more」を7泊8日レンタル。感想は後日聴き込んでからにでも。

もひとつの「分枝」は以下used コミック「八雲百怪」「木島日記」。前者はその名の通りラフカディオ・ハーンが、後者は日本民俗学の創始者の一人・折口信夫などがメインキャラとして登場し、画風とテーマ・明治という時代背景がちょっとオモシロそうだったので購入。原作者は別で大塚英志

とまあこんな感じで興味の枝はとどまることなく、また予期せぬ方向へのびていきますね。でも根っこはさすがに忘れないと思うのでだいじょうぶ。

で、明日は古書店見習いとして神田・神保町あたりに出没…てまた妙な方向に…。

ま、どの枝の先に花が咲くのかまったくわかりませんがね。

The Wave

和題は「この世のすべては波動でわかる」という本と古書店で目が合う…正確には目と背(本の背表紙)が合う。「量子力学と古代の叡智のシンクロニシティ…人類は単なる物質存在ではなく、宇宙を創造する意識存在でもあった。科学と霊魂を融和したホリスティック・サイエンスへと私たちをみちびいてくれる入門書」な感じのオビ。極端なことを言うと知識的吸収はしばらくいいかなーくらいに思ってんだが、なんとなくオビに巧に散りばめられたエレメントへの好奇心と定価の1/3の価格表示が性懲りもなくあっさりお持ち帰りへと。内容的なことはともかく実際この手の趣向の本は嫌いではないのだ。例えば歴史とSF=伝奇小説とかさ、最新のモノを古い文脈で読み解くってなんかついそそられるのですよ。

本編感想とは全く関係ないんだけど、購入後この本のことをなんとなくネットで調べてたら、これを読んだ警備員をしてるという人のブログに、道路脇の看板と共に長時間立ったままずっとなんたらを瞑想してた…ってあってさ、ビシっとした制服のオジサンの職務中のその姿を想像してそれが妙にハマった(笑)。明日から警備員さんとかみかけたら瞑想してないかチェックしていまいそう…実際なんでもないようなフツーの人のなかになんかスゴイ能力のひとってかくれているのかもねぇ〜。

…波動って結局東洋的にいうと気のことでしょう?

今日の施しモノ

施されモノかな…。いつものように夕暮れ散歩をしてたらいただいちゃった大根。ふろふき大根とかさ想像しながらラッキーと思いつつも、その後帰途2kmほどむき出しの大根ぶら下げて畑道ブラブラ…ってあやしすぎねぇ。たまにすれ違う軽トラさんには「コレもらったんですよー」「勝手に抜いたんじゃないんですからねー」ってココロでつぶやきつつ…で、ウチに着くころには葉っぱ握りしめてた手のひらからどことなく青汁臭。

さて今日の日の入りは16:45あたり。水平線の見えるところだったらもう1時間くらいトワイライトタイム楽しめるのか…落陽に本日の収穫をかざすの圖。

+Recent Books:

「稲垣足穂の世界〜タルホスコープ」「三島由紀夫〜死にいたるまで魂は叫びつづけよ」「寂聴仏教塾(再読)」「見えるものとみえないもの〜横尾忠則対談集」…最近少し読書量が減ってる。カラダにinputする情報のバランスをとってるのかも。編集された活字は読みやすいがそれが本当にひびくとはかぎらないしな。意味も無くダイコンを夕日にかざしてモノ想ふリアルが大切なこともあるのよ。

Nausicaa of the Valley of the Wind

記録をみると30年前に月刊アヌメージュに掲載が始まったとある。おそらく宮崎駿氏が手掛けた最初のコミックなんじゃないだろうか「風の谷のナウシカ」。今さらと言われそうだが初めてそのコミック版を読む。映画の絵コンテ版みたいなものと思ってたのだが全くちがうのね。本には読み頃というものがあるが、この作品もそうなのかも…と思う。

映画はコミック全7巻のうちほぼ1〜2巻までの内容を再構成したダイジェスト版だったようで宮崎氏も語り尽くせぬ多くを呑み込んでかの映画作品をリリースしたことだろうと察する。物語りはいつも果てしなく、物事はそう単純ではないということだ。映画でももちろん片鱗はみせていたがそれにしても不思議な主人公であるな。彼女を通して宮崎氏の見えていたもの、感じていたものが瑞々しく伝わってくるようだ。

未読の方ほんとオススメ! あるいは今の時代に読むべきかも。

月山

河出書房新社から出ている単行本の題字「月山」は空海によるものだった。

さてこの物語り、読み始めて頁を一回めくったあたりに「…すなわち月山は月山と呼ばれるゆえんを知ろうとする者にはその本然の姿を見せず、本然の姿を見ようとするものには月山と呼ばれるゆえんを語ろうとしないのです…」といきなりの命題らしき一文。その後はただ淡々と「私」と寺の「じさま」が雪に閉ざされた世界で一冬過ごすおはなし。

文章は野暮ではないがけして粋というわけでもなく、なんかフツーなんだが飽きるということもなく、かといってぐいぐい引き込まれるでもなく…なんだろなーこういうの。ぜったいハリウッドじゃ映画化できないよね(しないだろうけど)。う〜んなんだろなー(2度目)…ほんとフツーすぎるんだけどどことなくエッチな感じさえしたりしてさ、いや別に「私」と「じさま」になんかあったとかいうんじゃないし、あったらこわいし。あ、ちなみに「私」は♂ですからね。なんかイメージ寺尾聰かな、「じさま」は大滝秀治?(ちがうかな…)、寺尾さんと大滝さんがなんかこう…閉ざされた世界で禁断の…って、いやとにかくそういんじゃなくて。

たぶん描かれてる風景がなまやさしくなく美しすぎるんだろな。きっとそう。

temptation

悪魔にタマシイを売ってはいないと思うのだけれど、もしかしたらかるくそんな魔的なモノと友好関係くらいは結んでるかもしれない…と思うフシがなくもない。ルシファーは絶えず不道徳な世界への誘惑を怠らないだろうし、そちらへの道筋がどれだけ甘美なものかをすでに知っている僕らは、容易に現実から浮遊しようとイメージの翼を広げたがる。そしてその能力なら多少はあるみたいだし…でなきゃ絵なんか描かない。

ただ誘惑がそもそも自分の内側からのものなのか、自分が生み出したモノから受ける二次的なものなのか最近その境界が混沌としていてオモシロイ。とは言え調子にのってると霊的な夢想に封じ込まれそうなのでほどほどにしとかないと…。そう思ったら精神もへったくれもない唯、物に凝り固まった冷徹さへのバランスに一気にシフトしてみるのも一興か。

でも両者は結局表裏、バランスの問題ではないのだろな…そんな気もする。

*recently books:「月山」森敦/しぶいでしょ。なんか読まなきゃ…て思ったのよ。西へのとびらは絶えず開いてんだけどやっぱ東北…だいじかも。

初秋

もうちょっとだけ続けようと思ったtime-lag diaryはもうオシマイ。やっぱ旬の時に書かなきゃ紡ぐ言葉も瑞々しさを失おうというもの。言霊とはそういものか。さて季節は9月に入り初秋だが、晩夏の句会もすでに終了しておりますので拙句をば…

明かり夜に百合の香匂ふ嗤い坂

その昔レモンスカッシュのような人

フラスコに光り充ちたり夏の空

…な感じです。本日チト医者通い(大したことじゃない)に昨年古本市で買ってそのままにしてた「私と直感と宇宙人」横尾忠則・著をしばし読み進める。な〜んだ、こんなとこにもちゃんとタマシイと身体のこと書いてあったのかぁ…と感心。しかし第一話「ワシ…瀧の夢を想う」が全て関西弁で書かれてるのちょっと読みづらかったー。聞いてる分にはイヤでないしむしろ心地いいのにな、なんだろな。たぶん活字を追って自分でヘンなエセ関西弁風のイントネーションつけちゃうんだろうな、きっと。

周知の諸兄も多いかと思われますが、信濃追分文化磁場「油や」は7/21におかげさまでGRAND OPENしております。オープン準備等で多忙を極め…などという言い訳も通用しないほどにそろそろ10日も過ぎようとし、いいかげんにblogも更新せねばと、オリンピック男子サッカー1次リーグ最終戦を1時間後にひかえ久々に新規投稿。(この後油やVIPルームパブリックビューイングにて観戦予定)取り急ぎまずは記録しておいた館内photoを公開しておきます。明日からはまたボチボチと書いていきますね。

再び2

最近なにかと直感でエネルギーを放出するばかりであったことに気付き多少はinputもとせねばと久しぶりに図書館通いを始めた。とりあえず数ヶ月前、借りたきり途中で返却してしまっていた「親鸞・激動編」(五木寛之)上下2冊を一気読み。浄土真宗ってたぶんこの国で一番広まってる宗派じゃないだろか(ホントたぶんだけど…)ウチの実家もそうだし(そんな根拠か…)。のわりにはけっこう知らんこと多そうな。ほとんどが武士の親玉あたりを扱うNHKの大河ドラマもたまには坊さん取り上げてみたらどうだろか。以前「日蓮」を読んだ時にも思ったが、ヤツらけっこう人間臭くて、別な意味で武家よりもアグレッシブで興味深いような気もするんだけど。いずれにしても平安末期末法の世から端を発する鎌倉新興宗教群は興味深いものがあるのです。