Archive for category book

Date: 7月 1st, 2014
Cate: book, etc.

ますじい

こんな老後を目指したい!…とひそかに楽しんでいたらFBの友だちprofに使われちった(笑)。いいなぁ…

井伏鱒二「文士の風貌」より。…いいなぁ…やっぱ。

さて、気がつけば一ヶ月以上もごぶさたでしたな。言葉にするのももどかしいと、とりあえず感じるままに流れるままに…そして描いて…という日々。そして今後はさらに筆をとることに時間を裂くことになるけど、たまには言葉も紡がなければね。

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Date: 1月 24th, 2014
Cate: art, book, Illustration

Myths of Northern Europe

やっと宿題がおわった…と思う…。一口に本の挿画といっても本文15話分+見返し+本扉+目次+各章タイトルキャッチ…それに表紙画…となると結局20枚ほどの絵を描くことになる。編集部・本文訳者さんらとなんどもラフ原稿をつめ、内容を理解しながらの作業を繰り返し本画制作という段取りだから、そりゃ2ヶ月くらいはかかるわなー。ま、自分としては早いほうかも。締め切りあるって筆がすすむよね、やっぱ。

でも面白かった北欧神話。いままで私的にはなじみのない世界だと思っていたが、案外身の回りにはチラホラ気配がただよっていたようでもある。「指輪物語」とか最近ブレイク中の「進撃の巨人」(知人に勧められてチラ読みしたけど?だった)とか北欧神話を元ネタにしてる小説・映画・アニメ・ゲームなど多々あるのね。

ユミルという巨人から世界をつくっちゃうあたり、天の浮き橋からオノゴロ島をポったんする我が国の成り立ちよりもスケール感は壮大だが、ちょっとエッチなニュアンスもありなところなんかは洋の東西共通かな…という北欧神話、ざっと説明しますと、主神はオーディンという神様。日本で言えば天照大御神みたいなひとですね。このオーディンがいずれ訪れる巨人の一族との最終戦争「ラグナロク」を予感し、お話はその「ほろびの日に」向かってすすんでいきます…ってざっとすぎ? ま、とにかく北ヨーロッパのきびしい自然にはぐくまれた力強い物語なわけですよ!

てなわけで改めて一応コマシャールしときますと児童書「はじめての北欧神話」菱木晃子・文 ナカムラジン・絵 徳間書店/3月刊行です。

オーディン…オージン(児童書なので本文ではこのように表記されてる)…おーじん…おう仁…応仁…これ雅号とかにしちゃまずいかな…

表紙カバー色校正届いたのでアップ。あ、ちなみにオーディンの愛馬スレイプニルは8本足、うまく走れんのかなー。

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Date: 1月 11th, 2014
Cate: art, book, Illustration, log

Mythology

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近所の奥様に「毎日マイナスで寒いですね〜」と挨拶された。

うすうす寒いなーとは思っていのたが、そういことだったのかと納得。それって絶対最低気温のことじゃないよね。事実本日の最高気温は−2℃…。冬至も過ぎ、これからは日増しに日が長くなるとはいえ地表に浸みた冷気は時間差でやってくる。備えてさえいれば冬はそれなりに楽しい季節ではあるのだがな。

さてblogもFBも年をまたいで放っときっぱなしだったのでそろそろ文字活動を再開しようか。

昨年11月のアタマに一本のTELあり。

「神話に興味ありますか?」

宗教の勧誘ではない、出版社から。そう尋ねられて僕は「ムムム…!」。興味があるなんてもんじゃない、ちょっとしたマイブームですらある。

仏教LOVEな僕はその愛(たぶん)故に昨今の日本の仏教(主に自分の身近ですが)に対してうんざりするような閉塞感を感じていたところ、折も折昨年は伊勢は20年ぶり、出雲にいたっては60年ぶりの遷宮が重なるとうい奇遇な年であり、春と夏にそれぞれにお参りすることもでき、いわゆる仏壇(みうらじゅん風に言うと…文壇と画壇とか言うでしょ)からのりかえて、今まで明白なビジュアルイメージが不足しているということだけであまり興味をもってこなかった神道世界に一気に浮気モードな年だったわけですよ。

まずは「よくわかる古事記」を精読(主に前半)。というのも前半はまさに神代のお話で後半になると天孫降臨してからの人の世のお話になってしまうので、ついついファンタジー優先となりますなー。で、けっこう神様の名前おぼえました。でも真名っていうのかな正式名称はムツカシイ…例えば「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)とかさ。また大黒様でおなじみの大国主命にいたっては呼び名がかるく10を超えたりするし。ま、とにかくそんな感じで事前学習もしつつ、日本を代表する神宮と大社にまずご挨拶にゆき、常陸、信濃などの一宮にも足を運び、機会があれば地域の産土神にも顔を出すというフィールドワークもこなしと、自分でもおどろくような熱の入れよう。

しか〜し! 話しを戻そう。電話口の編集担当者さん曰く「北欧の神話なんですが…描けますか?」僕「ホクオウ?…記紀神話じゃないの…」。編集「古事記はすでにスズキコージさんで出版されてます。」僕「そいつはプレッシャーですが北欧でも東欧でもなんでも描きまっせ!」ということで世界の神話シリーズ第二作目の表紙画と本文15話の挿画を数枚の試作トライアルを経て担当することになった。

そんなわけで師走から年明け寒波の今日にいたるまで来る日もくる日も僕はずーっと神様の絵を描いている。

Date: 3月 4th, 2013
Cate: book

バガボンド

あんまり長編コミックを全巻集めたりしないんだが…。もしかしてコレDoragon Boll海皇紀についでそろえちゃうかも…の気配。だってused、お安いんですもの105¥。せっかくなのであらためてWikiで武蔵さんのことリサーチさせてもらうと、そりゃ小説のようにはいかず諸説あるようだが、おどろいたのは彼、Artistだったのね。重要文化財として書画・工芸の作品が現代に伝えられているとは知りませんでしたよ。ネット上の画像なのでディティールはわからないけど「枯木鳴鵙図」など構図の取り方などなかなかですな…とはいえそれは一面。彼をはじめ400年ほど前の武芸者たち、命かけてホントなにやってたんだろ。理解しがたいような…でも妙に「へぇ〜…ふう〜ん…」などと感心してみたり。

ところで「バガボンド」のロゴ、20巻あたりからかわってるのね。最初のがいいかな…。

ちなみに途中番号がとんでるのは。これ以上一度に買うと持って帰るのが面倒…でも対・吉岡清十郎のくだりは見たい!…が故。 + そいや夕方からまた雪、明日は車でちょっと遠出なのに…。

Date: 2月 24th, 2013
Cate: book

vagabond

昨日の女流作家の件もそうだが、もうずいぶん以前にリリースされて話題になってるのは知りつつもなかなかきちんと受け入れてみるチャンスがないものってあるな。けど必要があればソレらのものは向こうからさりげなくやって来てくれるものなのだ。さて、今回のはどうだろう…。

vagabond」…

気がつくと仕事場の大机の隅に1冊づつ積まれていって…。タヌキの恩返しであれば山の木の実などを玄関先に人知れず置いていくところだろうが、犯人はそんな毛玉ではなくウチの末の小僧くん。春を遠ざけるようなこのところの寒波で自室が寒く、オヤジの仕事場の薪ストーブの前でぬくぬくと吉川英治原作の剣豪青春漫画を読みふけっては片付けもせずそのまま置きっぱなしにしていったらしい。

以前どこかのカフェの書架からなにげに数冊抜き出して、宝蔵院胤舜とのくだりを読み、剣の道ストーリーなどにはまったく興味はなかったものの、その画力と物語りのリアリティーにソリャ流行るわな…と納得したの思い出した。

当事者は経済的理由で現在3巻で停滞中のようだし、ここはひとつオヤジの威厳で残り31巻大人買い?…いややめよ。BOOK OFFあたりでusedでもぼちぼち集めようかな…。

Date: 2月 12th, 2013
Cate: book, etc.

暗黒神話

またタイトルがダーティーというかキッチュというかいかにも70年代というか…古書の山からつい手に取ってしまった一冊JUMP SUPER COMICS「暗黒神話」。持って帰ろうかどうかだいぶ迷ったんだけどね。諏訪の酒蔵で開催の古書市で冒頭、蓼科山、茅野市尖石縄文考古館あたりからのプロローグって、遊歴書房のベタな編集セレクトにあっさりのっちゃった格好。ヤマトタケル伝説を軸にアートマンの使命をもつ数奇な運命の少年がブラフマンに導かれ弥勒へと転生していく…て、これでわかる? ちなみにアートマン=芸術男じゃないからね。「意識の最も深い内側にある個の根源」なんだそうだ。ブラフマンは仏教界ではキャラ化されており「梵天」さんなんだが本来はこちらも「宇宙を動かす最高原理」とどちらも基本コンセプトが哲学的すぎて少年誌にはいかがとも思われたが、発刊当時は押しもおされぬオカルトブーム、奇想天外な神話的ピースと仏教的ロジックを面白おかしくパズルにはめ込んだチープなコラージュ的コミックは一応は受け入れられたのだろう。それにしても絵がいただけない。劇画とギャグマンガの中間みたいな5頭身キャラはもはや笑える…てそこまで酷評すんなら買わなきゃいいじゃん!てことなんだが、ヘンなモノ拾ってきちゃうんだな…たまに。おこちゃまがダンゴムシ拾ってポケットに入れて帰ってきちゃうようなもんだよ、たぶん。

それはそうとストーリー上で「神道集」を引き合いに、甲賀三郎伝説や九州クマソの古墳群、宇佐八幡と邪馬台国伝説などたしかに著者でなくても我が国の神話・伝説はのめり込む素材としては面白すぎる。それにしても伝説の地・諏訪と僕の住まう浅間山麓は地底国の風穴でつながっていたとは…。確かに近くの真楽寺というお寺にはかの甲賀三郎が龍に身を変えて姿を現したというきれいな池がありますもんね。なんか諏訪とご縁を感じますよ。

写真は左端は、お散歩コースから望める蓼科山。三郎さんが地底国に迷いこんだとされる場所で古来霊山とされてきました。我が地元のおばちゃんたちはなだらかな山頂に白き雪のうっすらと留まるを乳輪に見立て「おっぱい山」などと称しております。う〜ん、たしかに真横から見ればイイ感じのソレに見えなくもない…。

僕は風穴は通りませんがこの山の脇の峠道を越えてここ数年ちょくちょく諏訪におもむくこと多し。

Date: 2月 9th, 2013
Cate: book, culture, landscape, workshop
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スワノウミとワトジ

昨年に続き今年も諏訪湖は全面結氷しお御渡りが確認された。湖を貫くこの氷の亀裂は神様の恋路…ということになっている。遠距離(といっても湖の対岸同士というニュアンスだが)の張り裂けんばかりの想いを氷のせり出しに刻むわけだ。それにしても天でも地でも神様の逢瀬は刹那だな。一年一度、しかも夜空が曇れば涙雨、水がぬるめば渡る能わず…そんなイチャイチャしなくてもちゃんと通じておりますのでしょうかね。ちなみに人間はセックスをして子を生しますが、次元の高い天使界に行きますと、お互いに微笑み合っただけでその件は成立するらしいですよ。ま、人間界でも思春期の頃イケメンくんと目と目が合っちゃっただけで妊娠しちゃったってJKのウワサ話も聞いたこともありますがね(もはやカミの領域です)。

なお現在の諏訪湖は結氷は半分ほどになっており、お御渡りの痕跡もすでにない。それでも広大な湖が白く覆われた様は神秘的なものがある。写真は本日のもの。夕暮れの湖畔では氷の軋む音が鳴り続けていた。

(コレ、神様でなくてもついフラフラっと対岸まで歩いていきたくなっちゃう)

というわけで今回は「酒蔵で本を読むくらもと古本市」in真澄で開催された美篶堂さんの『和装本四つ目綴じ』ワークショップに参加してきました。

美篶(みすず)堂さんは長野・伊那市にある製本屋さんです(といっても普通の製本会社じゃないよ)。以前から一度行ってみたいと思ってたので、しかも僕個人的にも御贔屓の蔵元「真澄」さんでの開催とあって即決で申し込み。とは言っても職人仕事ですからね、A型因子が年々低下していく我が身につとまるか若干の不安をかかえつつも結構イイ感じにできちゃったりして…気に入ったんでコレ仏画帖にしようかな。

Date: 2月 4th, 2013
Cate: book, culture, log

ゆめのふち-の続き

白洲さんのと同時に読み進めてるのが「明恵 夢を生きる」(河合隼雄・著)。こちらの方も同性ではありますが白洲さんとはまたちがったカタチの愛おしさをもって名僧の夢世界に挑んでいる気配あり。もっともこの二人この件がきっかけかどうかは知りませんが交友関係にありますね。

河合氏の著作・対談集などは若干拝読しているが、ココロと向き合う仕事柄か宗教(特に日本人と仏教)に関する著述はかなり興味深く、また自分自身そう言った趣向の文脈に特に偏って出会っているフシがある。なので実は彼本来の研究テーマである分析・臨床心理学系(ユングとかさ)の本はほとんど(ウソつきました一冊も)読んでない…が、そうは言っても意識・無意識の深遠のこと、そしてつきつめれば魂の話、感覚的にソチラの方面もフムフムとなんとはなしに勉強になるんだなこれが。

さて、本著作で氏は明恵の夢世界に分け入る前に彼の仏教史における立ち位置を確認する論を展開している。その中で「鎌倉期に次々に現れた祖師たちは、仏教におけるある一面を切り取って、先鋭的なイデオロギー的教義を打ち出して独自の宗派を形成していった…」と。宗教では特にありがちだが「これが正しい」と真理を説けば「これ以外は誤り」と他をラジカルに攻撃せざるを得ない。イデオロギーとはよく政治的観念の主張として使用されるが言われてみれば宗教にもよくあてはまる。そしてこうした明白な主張は人を惹き付け、善悪・正邪の判断基準を与え、その時代の変遷・選択の記録が歴史として残る…というわけだ。これはとてもわかりやすい。

一方、この範疇におさまらないのが明恵である。というか彼も含めて前述の祖師たちが勤めて流布せんとした「仏教」そのものが本来実はまったくイデオロギー的ではなく、それそのものは多分にコスモロジー的性質を持つものであると著者は言い切る。これも腑に落ちる。人間の存在などそもそも矛盾に充ちたものだと…存在そのものに善悪・正邪を孕み、仏教こそはまさにそうした存在を踏まえてそれでもなお生まれた宗教ではないかと、氏は問う。

コスモロジーは包括する。イデオロギーは切り捨てる。

自分という存在と深く知ろうとするなら生に対し死、正に対し悪。その受け入れがたき半身と向き合う恐怖に立ち向かうこととなるわけだが、それさえも包み込んで多くの矛盾と共生していく姿勢がコスモロジーを形勢するのだと。

明恵が「何も興さなかった」わけがわかるような気がする。

コスモロジー…その歯切れのよくない世界がなんとなくおもしろソーじゃない?

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: book, culture, log
2 msgs

ゆめのふち

正月以来が然「夢」というものに興味津々なわけだが、かの世界に深く旅に出ようとするも未だその縁にとどまり深遠なる無意識界をおそるおそるのぞいてみている…てところだろうか(てか、忘れちゃうんだよねーすぐ…)。

きっかけは先にも記した明恵という人であるが、この件についてまず最初に読み進めた一冊が「明恵上人」(白洲正子・著)。で、この白洲さんて方、案外イイひとなんじゃないかなと…(失礼)。なんかさコワソ〜なおばはんのイメージあったのよ。ま、能に造詣が深く骨薫る世界を愛でる嗜好や、そのそうそうたる交友関係などをざっとさらっただけでも、そりゃフツーに近寄り難い空気を醸し出しますわね。

ただこの著作について言えばよい意味で文体がとても中庸で、取材したことや想いに誠意が感じられ、なにより分かりやすい。テーマに拠るのだろうか、別な著作を読んだときはさほど感じなかったのだが。おばはんきっと上人に惚れちゃってたのかもな。言葉が初々しいというか瑞々しいというかさ。そんだけ明恵さんステキなひとなんですよ、たぶん。

「明恵が信じたのは仏教ではなく、釈迦という美しい一人の人間だったといえましょう…」

彼女の言葉より。

ふしぎな雲、雪はほとんど融けました。

Date: 1月 19th, 2013
Cate: book, landscape

明恵

「あきえ」ではない。「はるえ」でもない…だから女の子の名前ではない。「みょうえ」お坊さんの名前である。空海、親鸞、日蓮、西行…と、bow-san booksをなんとはなしに読んできたわけだが今回はこの方にハマりつつあり。とはいってもこのひと、日本的霊性が大きく活性化した鎌倉期にあって先に上げたbow-sansの内、親鸞、日蓮などは言うに及ばず法然、道元などなど名僧と言われる人々が名を残す中、特に新しい宗派を立ち上げたわけでもなく、現在に至るまで彼の教えを伝え続けるような一派が徒党を組んで残っているわけでもなさそう。でも先の“ナニかを成しとげちゃった”人たちとはまったくちがったタイプの人間的魅力の持ち主っぽいのよ。

樹上座禅像」なんかこのインパクトのない感じ、よいでしょ。普通頂相図などは威圧感・存在感をもって良しとするところだけれど、このひと履いてきたきたゲタをぬぎ捨て、二股に分かれた松林の木に座っちゃってます。お数珠もそのへんにひっかけて。あまりにも周囲と一体感ありすぎで、剃り上げた後頭部あたりから今にも栗鼠などのぼってきそう。

こんなこと言ってます「我は後世たすからんと云う者にあらず。ただ現世にあるべきようにあらんと云う者なり」。前半は当時一世を風靡していた浄土信仰とはとても遠いところにある言葉ですねぇ。後半もなんかチカラがぬけててイイ感じ。一宗一派を成さんともせず、大寺院を建てようともせず、特に弟子もいらないといい…それでも人を引きつけるなにかもってる不思議なオッチャン。

その不思議キャラを今に伝えてるのが「夢記(ゆめのき)」…

しばし彼の夢世界を探検してきます。