Archive for category log

Date: 3月 9th, 2017
Cate: art, log

胼胝

右手の中指第一関節内側に胼胝(たこ)ができた。筆だこである。2016年師走後半位からほぼ毎日面相筆をにぎり続けた結果なのだ。生まれてこの方こんなに描き続けていることはない。ま、かといって絵が劇的に上手くなった…とかいうことでもないのだが。

ふと北斎翁の言葉がうかぶ。
「70歳以前までに描いた絵は取るに足らないもの…80歳ではさらに成長し、90歳で絵の奥意を極め、100歳で神妙の域に到達し、云々…」

かの巨匠と比するにはあまりに僭越ではあるが、自分はどうであったろう。もちろんこれまで無為に過ごしたわけでもなく、何かしらを我が掌から生み出してはいたものの、今思えば全く志の低い2〜30代があり、興味本位に様々なメディア・手法に手を染め、おかげで引き出しの数は増えたけど「何かひとスジ」の凄みの見当たらない40代を終えようとする頃、それでもなんとか描きたいものがみつかり、やっと絵を描くことときちんと向き合おうと思い始めた50代。この半世紀、北斎翁の言うまさに取るにたらなぬ時期であり、そして今もなおその最中。

己の怠惰を棚に上げ、ただただ後悔を並べ連ねるつもりではない。もちろん若い時期に今の心境に気づいていればと思わぬでもないが、べつに芸事だけが人生でもなく、ずいぶんと遠回りをしたような気もするが、絵はただ運筆の技のみで描くものでもなかろうからまあいいや。まっさらな画布に向き合うとき、その潔白を我が手で染め汚すことなど何のためらいもない自分はすでにあるわけだし。イメージはその出番を待って手の内で絶えず混沌としているのだ。

北斎の人生設計になぞらえば70までの“取るに足らない期”脱出まで残り15年弱の更なる修行が必要となる。たしかにこんなふうに筆だこができるほどの勢いで15年も描き続ければもう少しマシな作品を描けるやも知れぬ。が、果たしてそこまでこの現世にとどまっていられるものだろうか。その辺は自分の意志でどうこうなるものでもなし、結局北斎も神技を得るには至らなかったものね。

「結果を出す…」と言うが、結果には良い結果もあればそうでない結果もあるのだ。しかしそれがなんだ。努力は報われないと知るが、しかしそれも何だ。「どうなるか」は自分ではどうしようもないけれど、それでも「どうするか」の選択は可能だものね。

遊びをせんとや生まれけむ…

諸行無常

Life is no meaning

皆同じでいいんじゃない、そしてやっぱり Keep on!

嗚呼…珍しく指にタコなんかできたもんだからこんなことつい…。

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Date: 3月 16th, 2016
Cate: log

snowscape

今シーズン最後の雪景色だろうか…て油断してると4月頃桜に雪、なんて光景もありなんだな。もううんざりというご意見も多いが、それでも3月にしんしんと降る雪は一瞬ではあるが花粉症の症状をやわらげてくれるし、つかのまではあるが美しい風景をみせてくれるのでちょっと嬉しい。

アレルギーというのはアレルゲンに対して体が拒否ってるということだから、なにもそんなにも嫌わないで仲良くなれんもんかなと、このシーズンになるといつも思うのだ。「花粉はトモダチ」…そう言い聞かせたらカラダは好意的な反応をしないかなと。キライキライも好きの内…とかさ。人間関係でももちろんどうしても好きになれないような方もいるわけですが、そういことにいちいち対面して気に入らないことに怒気を荒げていてもちっともいいことないわけですよ。人が怒ったときに吐き出す怒気は猛毒だそうです。その呼気を水槽に溶かし込むと魚が死んじゃうらしいのだ。

まあ、いつも公言してることですが「逆らわず いつもにこにこ 従わず」のいやらしい座右の銘のもと、ノラリクラリと生きて50数年、ふと気がつけば若い頃に比べ周りに苦手な人が少なくなったような気がする。自分が大人になったのか周囲が寛大になったのか…後者かなやっぱ。相手にポジティブにあきらめてもらうっていうかさ(そんなことバラすと嫌われそうだけど)…というよりこれは自分自身に対する極意でもある気がしてるのです最近。

「ポジティブにあきらめる」

…いや、そんなことより今はやっぱこっちか、

「花粉はトモダチ」

なんとかならんかな…あ〜目がかゆ〜い!

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Date: 4月 8th, 2015
Cate: art, log

Genius

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各地から冬の便りが届いている…ってもう四月ですけど。ま、こういことはよくある。毎年四月の第三周に北信濃小布施町で開催される「境内アート」では数年前大雪となったことがあった。まさに雪と桜の競演。その「境内アート」に出展するための四曲屏風の下図制作に時間と格闘しながら日々取り組んでいるわけだが気分転換にこの寒い中散歩に出てみた。写真は当blogでも何度か紹介している軽井沢のクリーク「御影用水」。今朝ほどの雪はだいぶ解けたようだが、霧が残っていかにも寒々しい風景。

さて、散歩中ってよくどうでもいいことが思考に浮かぶ。季節ごとの風景を楽しんだりしてはいるものの基本的にただただ足を前に運ぶだけの単純作業なのでちょっとした無の境地というか、何も考えないことを考えているというか。そうこうしているうちに無心と妄想は紙一重となって…。

で、今回ふと浮かんできたのはなぜかDRAGON BALL。孫悟空とサイヤ人の天才戦士ベジータは永遠のライバルなわけだが、結局天才だったのは悟空の方だったかなと。

生まれもっての数字的能力(ヤツらは戦闘値とか計れるのです)では悟空は下級戦士と判定され地球に送られてしまう。おまけにお子ちゃまのときに頭を強打して本来持っていたなりふり構わぬ攻撃性が失われ、とってもよいこになってしまって、戦闘民族としては能力的にも環境的にもホント最悪な出生なのでした。一方ベジータは恵まれた能力に加え、誇り高きサイヤ人の王子としてエリート街道まっしぐら。実兄ラディッツを命をかけて倒したことで実現する二人の邂逅の戦いでは悟空はベジータに全く歯がたたなかったわけだが、長いながい時間をかけて(全42巻!)あれだけ能力の差があった悟空はベジータに一目おかれるほどに成長していくのね。

ヤツの長所はまず「めげない」よく「ま、いっか…」って言ってます。そして向上心がある。はたからみてるとおそらく尋常ない努力をしてるんだけど、本人はそれに気がついていない。かねがね天才とは尋常ではない努力を平気な顔して出来る人…と考えてましたが、今日の散歩でソレって悟空だなと気づいた。「ウォ〜〜!俺今最高に努力してんぜェ〜〜〜〜!!!」などと言ってるうちはダメということですよ。

戦闘民族を引き合いにだしましたが絵を描くなどということはたぶん闘ってはだめですなー。できれば仲良くしてもらいたもんです。

Date: 2月 16th, 2015
Cate: art, log

polka dots

NHKにっぽんプレミアム「草間彌生×アダチ版画 ザ・プレミアム 草間彌生 わたしの富士山 〜浮世絵版画への挑戦」をみた。
知人が録画したデータをサイトにアップしてくれたのでそれを(ウチは地デジ化以降TVがないのだ)。
で、ちょっとココロが動いた…かも。
画業80年。今や世界的アーティストとなり、一つの様式を作り上げた作家として「あ、水玉の人ね…」とまとめてしまうのはあまりに簡単だが、そのドキュメントをみるとき何かしら感ずるものはある。作家であるのなら作品が全てであるのかもしれないが、その作品とどう向き合ったか、どのようにして描かれたかを知ることは興味深いし、作品の理解も深まる。

まず今から30年後、自分が彼女と同じエネルギーで制作できるかまったく自信がない(そもそもこの世に留まっているかどうかも)。その一点だけでも賞賛に価する。知られていることだが彼女は精神科の病院とアトリエを日々往来しながら時間を惜しむように制作し続けている。立てないわけではないらしいが足腰もだいぶ弱っているようだ。そうした状態で大作と向き合う日常…それが彼女の日常。その姿を尋常ならざるとものと思うのは僕らの都合であり、あまりに偏った価値観に過ぎないのかもしれない。

どちらの彼岸に立つのかはそれは運命だから。

こちらの岸からは僕らの立っている風景は俯瞰できない。彼女は僕らの世界の混沌を見透かしているようにも見えるがほんとうのところはよくわからない。彼女にとって遊びは死に近いようだし、死を怯えてるようでもあり楽しんでいるようにも見える。いずれにしても彼女の見える風景と僕らの見える風景は異なる…が、共有できる部分が全くないとも言えない。救いはあるのだろう、立場が違っても。そういう能力を放棄しないことだ…と教えてくれる。

肉体と精神を懸けて仕事をするなどということは4,50代で出来ることではない(少なくとも自分などは)。選ばれた人なんだろうな。今の世界に大切な人材のひとりかもしれない。

余談だが(というか本編制作の意図はそこだが)草間の描き出した一万コ以上の水玉とそれを版木に置き換える若い彫り師のココロの対話がすてきである。10,000個の水玉を彫るという荒行がその対話を可能にするのだろう。チャンネルが同期する瞬間をみた気がする。その瞬間を「自己消滅」とレビューされるがそれこそ仏教的にはまさに「諸法無我」ではないか。まさに悟りの世界。自分のような凡夫には理解できなくて当たり前なのだ!

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Date: 11月 11th, 2014
Cate: log

夢日記2014,11,10

土俵にいた。

粛々と仕切りなどしている。

その所作に澱みはなく、これから戦う相手のことも十分良く見えている。落ち着いているのだ。相手の心動き、あるいは動揺なども手に取るように分かる。僕に対してなんだかやりにくそうである。こちらに視線を合わせようとはしない。

僕はけして威圧感のあるような体躯ではないが、そこにいるにふさわしい程度の体つきではあった。どうやら格付けは関脇らしい。

そして立ち会い。組み合おうとした瞬間(夢の中では大概予期せぬことは起こるものだが)相手は二人になっていた。土俵に力士三人。さすがに戸惑いはあったが、なんとかなる気がしていた。そして僕は次の瞬間わりとあっさり二人まとめて土俵に転がす。

なにしろ夢なんだから、そういこともある

人間は贅沢…というか無い物ねだりだから、僕などはたまに小太りになってみたい…などと思うこともないではない。太ってみたらお相撲さんとかラグビーの重量フォワードとかやってみたいと思ったりすることはあったが、実際に相撲取りになった夢は初めてみた。人格は僕であったのかもしれないがもちろん容姿はまったく別人であったように思う。

もしもとっても太ってしまったらやはり絵なんか描かなくなるのだろうか。食べるものも、趣味も、着る服もなにもかも全部変わるのだろうか。そしたら当然キモチもかわるのだろうか。

今のココロは今のカラダにきちんと同期しているのだろな…きっと。

そして今起きていることすべてが必然。

ならなんでそんな夢をみる?

Date: 10月 8th, 2014
Cate: etc., log

夢日記141008

タコをおぶってママチャリに乗っている夢をみた。

タコは蛸である。8本足(手?)の内の2本を上手にボクの背中からクビにかけて、そりゃあもう愛らしいタコであった。なんか本当にかわいかったのだ。

このタコ、しばらく前までは(夢の中のことなのでほんの数秒かもしれないが)タコではなかった。赤毛の大型犬かオオカミ…あるいはキタキツネに近い哺乳類であった。蹄(ひづめ)のある少々骨張った前足をやはりボクの背中からクビにかけて上手に負ぶさっていたものだった。ただそのときは自転車ではなくクルマを運転していたのだが。

そんなふうにしばらく走っていると路面はいきなり冬道となり氷の轍(わだち)が現れていつしか乗り物はクルマからママチャリにかわり、背中には真っ赤なタコがいた。

この後ボクとタコはペダルを漕ぎながら海に入ってゆく予定だったが、ここで目が覚める。おしっこをしたくなったのだ。もしそのまま海に突入してびしょ濡れになっていたらきっとおねしょだったことだろう。お子ちゃまならそうなるところだろうがボクはオッサンなのでちゃんと起きて用を足す。

世界広しと言えど「タコをおぶってママチャリに乗っている夢」などみるヤツはいるのだろうかと真夜中の寝ぼけたアタマで考えてみる…が、眠いし、どうせ朝になったら忘れちゃうだろうと思い再びふとんにもぐったのだが、翌日一日を過ごしてもいまだ覚えていたものだから、こうして久しぶりに夢日記として残すことにした。

 

Date: 10月 3rd, 2014
Cate: art, log

Translation-2

つづき…。

たとえば仏教を英語で考えるととてもつまらない。

だって「空」は「empty」なんだから。もしAll things are empty…と語ったとすればだれも「すべてのものは空(くう)である」なんて英語圏の人々は当然理解しないだろう。「みんなからっぽなんだってさ!」って笑われて終わりかもしれない。でも日本人ならたぶん笑ったりはしない。よくわからないなりに一応は想像してみる。でもやっぱりなんかモヤモヤとしたかすみのようなものしか見えてはこないけれど。

ボクの文章とナーガールジュナの残した般若心経を並べて引き合いにだすのはあまりに恐縮だが大筋こんな障がいが和文を英訳しようとすればまず立ちはだかる。

もう一つ。

ボクは文頭で「仏画は宗教に関わるもので、信仰の対象であるから表現の対象にすることをしてこなかった…」と書いている。なんとなく謙虚な気持ちを伝えようとする雰囲気で書いているが、その英訳を考えればかんがえるほど、その言い訳は全く理解されないような気がしてきた。なぜなら西洋美術の3大主題は「宗教」「生と死」「エロス」でしょ。中でも宗教美術は特に古来先人たちが熱心に取り組んできた表現なわけだし…とか考えはじめたらもうこの文章を英訳してなんかいいことあんのかい!って気分になり、結局以下ほぼ全面改訂に近い内容の文章になったのだった…。

Essentially Buddhism is a philosophy rather than a religion and this spiritual side does’t fit the original Buddhism. For example the image of salvation after death is no more than a concept with very few part of buddhist sects. Though this emphasized impression descended to the far distance Asian island of Japan from the birth place of Buddha. So we Japanese naturally join our palms together in a spiritual feeling when we face the old buddhist arts.

But it was taboo to idolize in the original Buddhism. Disciples only prayed to the dharmacakra (holy wheel) or the footprint of the Buddha after his death. So they couldn’t feel him very much. And at last, hundred years later they have created replica of the Buddha. And the longing appeared as an idol.

So looking back on beginning of Buddhism, now we are able to visualize easily a dazzling Buddhist world. If they didn’t broke a taboo and they did’t create idols, we had no way to feel him like a past saint except from the wheel and footmark. Since the “official” introduction of Buddhism to Japan in 6 century, people long ago made and kept the many Buddhist statues and pictures as an idol.

An idol is an image or other material object representing a deity in the West, but the word “an idol” in Japanese culture means especially attractive,lovely or cool person. In this way I reinterpret their work and modernize these religious idols to fit into this generation. So just as we enjoy our Japanese idol, I want my viewers to enjoy these many aspects of Buddhism in a light-hearted way.

 

Date: 10月 1st, 2014
Cate: art, log

Translation

仏教世界のキャラクターが描かれているわけだからジャンルを問われれば「仏画」ということになるだろうが、このカテゴライズは自分の中ではまったくしっくりこないし、どこか落ち着かない。そもそも宗教だし、信仰の対象だし…そういうモノに手を出そうと考えたことは実はつい最近までなかった。では齢半世紀を生きたところで、少々弱気になってそろそろ現世とは異なる次の世などを考え始めた末の所業かというと別にそんな理由でもない。
そもそももともとの仏教は宗教というよりは哲学に近く、そのような神秘的側面はそぐわなかったであろうし、まして死後の世界の救済的なイメージなどは数ある仏教宗派のほんの一部の概念であろが、いずれにしても仏陀生誕の地から遠く離れたこのアジアの東の果てにはそのような印象がより強調されて伝わってしまったので、何れ仏像・仏画の前に粛然と向き合う時ぼくらは自然にスピリチャルな雰囲気に寄り添い思わず合掌したりしてしまう。
しかし本来仏教は「偶像崇拝禁止」。弟子たちは教祖亡きあと、法輪や仏足石などのヒトガタでないものにわずかにその気配を感じ信仰の対象としてきたが、その数百年後ついに彼らは我慢できずに創ってしまった…そして「憧れ」は「偶像」となって立ち現れる。おかげで創始以来2500年後の僕は今、めくるめく仏教世界のビジュアルを容易に想像できるようになった。もし彼らが禁を犯して偶像を創らなかったら未だに我々はワッコやヒトの足裏の型にただただ遥かなる過去の聖者の気配を感じるしかなす術はなかったはずだ。僕は今のところ敬虔な仏教信者ではないが、この件に関してはそうならなくてほんとうによかったと思っている。
趣味的対象として10代の頃からだからずいぶん長い間親しんできた仏世界、そんなに好きなら描けばいいか…動機はそんなとこ。その背景が哲学であれ信仰であれ、中学生みたいな表現で恐縮だが、ただただ美しくカッコいいブツを描いてみたいだけなのだ。釈迦入滅数百年後の信者もおそらくそんな気分だったのでないだろうか…と想像している。

以上は9月に六本木 Shonandai MY Gallery の個展で会場に提示した書面。主要作品の制作意図に着いて書かれている。会期終了後この文章の英訳をギャラリーから依頼され、ま、なんとかなるかなーと軽く引き受けたが…なんともならんかった。たまに自分の文章を英訳してみるといい。どんなに無駄な語彙が多く、理論的に組み立てられていないかがよくわかる。詩人が書いたちょっと長めの文章だと思えばいいような気もしないではないが、やはりイメージ先行、雰囲気はあるけど結局何が言いたいのかよくわからん系に…て書いていてまたたぶんこの文、英訳不可…あるいは半分以下の文章量におさまるんだろなと思う。

で、また長くなりそうなので…つづく…。

Date: 7月 5th, 2014
Cate: culture, log

母性とFighiting spirit

仏教の主性は母性である…。先日とあるサロンで善光寺のあるご坊からそんな話しを聞いた。だから仏陀は…無論キリストも結局そのことに気づいてしまったと。生物的には彼らは男性であるので両性具有のイメージがだぶる。なかなか興味深い話しであった。

仏教的母性の最終イメージはやはり如来か。すべてを包み込むようなフクヨカな雰囲気。そこに少しだけセクスィさを加えると菩薩のイメージになろう。一般的に仏教界のヒエラルキーは次の階層に「明王」「天部」…と続くが、そのどちらも前者2階層に比べてイメージはかなりダーティー、いわゆる強面である。それまで愛と母性を前面に押し出し、優しく包みこんでくれてたブッディズムキャラが階層を下るにしたがって変貌してゆくわけだが、ちゃんと理由はある。

まず「明王」は大日如来の命を受け、あるいはそのものの化身として未だ仏教に帰依できない衆生をその恐ろしげなビジュアルイメージで教化させようというわけだ。根底には愛はあるのだろが若干“脅し”が入ってることは否めない…が、全ての煩悩を焼き尽くしてくれる勢いのお不動さんは言うにおよばず、仏教界のキューピッド・愛染明王などはその煩悩さえも即ち「菩提」と説き、いったいどっちなんだい!とツッコミたくはなるが、何れにしても人間、ただただ優しくされたんでは将来ロクもんにはならず、たまにはビシッっと怒られたい…てな欲求もあるようで、案外明王部は人気ものが多い。

天部についてはざっくりと彼らは仏教世界のガーディアンだと理解している。ココロ優しき仏を守護するものたち。例えば薬師如来には12人の守護神がいる。十二神将と呼ばれ、その数の符合から干支とシステム的にタイアップしていてその頭頂部にそれぞれのシンボルの動物さんがあしらわれデザインされている。虎や龍(辰)などは勇猛果敢んでかっこいいけど、うさぎさんやネズミさんの人は守護神としてちょっとなめられんじゃ…とちと心配、よけいなお世話だけど。(でも僕はいずれチョー強そうなウサギさんを共にした摩虎羅大将を描こうと思っている)で、実はこの12人、各々7千の眷属夜叉を率いているので計8万7千という巨大軍ということになっているのだ。調べてみると現代の自衛隊の総人数は一応23万人程度(そんなにいたんだ…)だそうだから、それに比べると少ないが仏教が興ったころのその規模としてはおそらく世界最強だったはずだ。

で、問題はそんな最強部隊をつくっておいていったい彼らはナニと戦うのか? 仮想敵(国)は誰なのか、どこなのか?

その答えとして用意されている相手は「ヒトの煩悩」なのだと。

たとえばこの先自衛隊がナニと戦うことになるか(そうならないであってほしいが)わからないけれど、その優秀な武器で威嚇しても実際に船を沈めても、飛行機やミサイルを撃ち落としたとしても、結局自らの「煩悩」と戦う羽目になることは間違いないと思う。それでたぶんシアワセにはなれない。

2000年も前の人々がどういうつもりでこれらの憤怒の形相のキャラを創造したのか正確なのところはわからないし、現代において時に愛を語る前にある種のファイティングスピリットがなければならない局面もあるだろうとも思う。

そうは思うがやはり「母」は「戦え」とは言わないだろな。

Date: 5月 19th, 2014
Cate: log

鬼譚考

仕入れた古書に紛れていた平安時代を舞台にしたちょっとエッチな鬼譚集を読んでいたら、なんとなく「鬼」について考える。

鬼面とはハッタリであるという。そうだろうな、これまでに我が生み出してきた仕事の数々はせいぜいそんな類いなモノであったような気がしないでもない。だがここで自らのそんなエセっぽい芸事について語りたいわけではない。本物の鬼について、鬼を志す旨について…そろそろ考えてみた方が良いのではないかということだ。

確かに鬼の面相は恐い。古今の物語ではその恐ろしげな姿で人に仇なす逸話が数多いが、同時にある意味それだけ人に近しく、時に人に優しく愛されたりもする不思議な存在として語られたりもする。そして稀に人を護り導く神に昇華したりさえする。

古今と前置きしたが東西としなかったのには理由あり。東洋の鬼に対し西洋に悪魔がある。どちらも一見した恐ろしさは共通するが、その属性は似ていて非なるもの。八木義徳の言葉を引用すれば「西洋の悪魔はわらっている。東洋の鬼は悲しんでいる。一方は人間の愚劣さにたいする尊大な冷笑であり、他方は人間の愚かしさへの無限のあわれみだ…」と。そういう意味では例えばデビルマン(by 永井豪)は鬼に近いな。日本人が生み出したキャラだから当たり前か。

そしてまた鬼は芸事と縁が深い。百鬼往行する平安の世にあって鬼と芸術家は時に友であり敵であったいう。共に夜を明かして音を奏で詩を吟じることもあれば、時にとって喰われることもあったそうな。芸事とはそもそもそういステージのものなのかもしれないな。

古来、道と道が交わる辻は鬼を始めとする妖が出現する異空間ということになっているが、この現世において逢魔が時、スクランブル交差点に立ったところでネクタイを緩めた酔っ払いに絡まられるの関の山で、一向に鬼の気配にであうことなどもめっきり減ってしまった。

それでも周りを注視すればわずかながら鬼はいる。一見人の面相をしているので気づかずに見過ごしそうになるが。さらに八木(この鬼譚集を読んでいたらなぜか20年以上も前に読んだ随筆集が気になり引っ張りだして読み返している)の言葉を借りればそれは覚悟そのものだと言う。また続けて、「覚悟とは決心であり、決心とは断念である」という。

以下原文をそのまま引用すると「決心と言う以上、彼は多くのもののなかから一つを選んだのだ。断念という以上、彼は多くの一つのもののために他の多くのものを捨てたのだ。覚悟とはつまり何かを選び何かを捨てることだ。そして彼が捨てたものが多ければ多いほど、彼の選んだ一つのもはより強固になるだろう…」と。

僕はいまのいままでたぶん表現することにおいてずっと足し算でやってきたように思う。琴線に触れた面白そうなことには好奇心をいっそう働かせてそのすべてに手を出してきた。手を出すということと出来るということは当然全くちがうことだが、それでも引き出しは増えた。完璧ではないにしても何かしらの工夫をすればそれなりに面白いモノを生み出すことはできるようにもなった。そしてこの「工夫」そのものが苦労というより意外と楽しいものであることにも気づいていく。時に一人で解決できそうもない場合には他人の才能を巻き込んだりもしつつ。

覚悟の足りない仕事というのはそのようなことだろうか。欲張りなのだ。そして以前から薄々気がついていたが確かに圧倒的な努力が足りない。とはいえドリョクどりょく…と念仏みたいに唱えたところで目前に無限の時間があるわけもなく、結局ワクワクしないと続かないし…てなわけで自らの額に美しく荘厳する角はいつ生えることらやら…。

 

でも、なれたらイイな…オニ。