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Posts in the 横尾忠則 category

施しモノ

最近いろんなホドコシモノをいただく…ていうか、いただいていたことに気づく。それはホントにモノである場合もあるし、示唆のようなものである場合もあるし、そもそもヒトからもらってんのどうかさえもわからないようなモノまで(アリガタゃ〜)。

今回いただいたのはあきらかにブツ、だがもらった相手「北上古盤堂」店主F氏はすでに油や回廊内最奥座敷に十分すぎるほど馴染み、夜な夜な仕事と称しレアモノレコードプレーヤーでドーナツ盤に針を落とし、人ケのない本館奥からくぐもった懐かしい音を響かせ、そんなわけで醸す風情はなにやら怪しく、ま、いってみればどことなく妖怪?…ぽい(ゴメンナサイ)ので、あまりヒトからもらったような気がしなんだけど…。(ちょっとフォローしときますと油や回廊に巣くい参集する輩はたぶん本人が気づくと気づくまいと皆さんそんなです…って自分も入ってっかなーもしかして…)

で、もらったブツはSANTANA・Amigosのusedレコード。もちろんジャケットデザインは横尾忠則。ちなみに元音楽雑誌編集プロデューサーの古盤堂さん、床抜けんじゃないかなってくらい尋常じゃない収蔵群です。で早くも中高年の人気スポットよ。

初秋

もうちょっとだけ続けようと思ったtime-lag diaryはもうオシマイ。やっぱ旬の時に書かなきゃ紡ぐ言葉も瑞々しさを失おうというもの。言霊とはそういものか。さて季節は9月に入り初秋だが、晩夏の句会もすでに終了しておりますので拙句をば…

明かり夜に百合の香匂ふ嗤い坂

その昔レモンスカッシュのような人

フラスコに光り充ちたり夏の空

…な感じです。本日チト医者通い(大したことじゃない)に昨年古本市で買ってそのままにしてた「私と直感と宇宙人」横尾忠則・著をしばし読み進める。な〜んだ、こんなとこにもちゃんとタマシイと身体のこと書いてあったのかぁ…と感心。しかし第一話「ワシ…瀧の夢を想う」が全て関西弁で書かれてるのちょっと読みづらかったー。聞いてる分にはイヤでないしむしろ心地いいのにな、なんだろな。たぶん活字を追って自分でヘンなエセ関西弁風のイントネーションつけちゃうんだろうな、きっと。

いただきモノ

日本画家の生井氏より旧正月の賀状が届いた。なるほどそういう切り口も面白し。旧字・当て字・絵文字など遊び心満載で、その豪放な筆致とともに氏の人柄が感じられ嬉しい便りである。和紙の書面には「目を覚ませ目を覚ませ 齢七拾年間乃仮眠からと我に云う」とある。画家としてこれだけの力量と経験を積みながらも、この言葉を元旦の計に記す境地を垣間みて新たな勇気をもらう。仲冬に詠んだ拙句「藝道の餓鬼となるかよ冬五十路」などまさにまだまだガキの戯言。かの北斎翁にさえ「70までに描いたものはとるにたらないモノ」と云わしめるめるこの道の奥深さを感じるものだ。なのでもうしばし底の方でうごめいていてもゆるされるものかしらね…ってそういうとまたのんびりしちゃうからマズイか。
もう1つのいただきモノは友人の彫刻家・ninoさんより。奥付けに出版年がのってないがおそらく1960年代後半あたりの横尾忠則氏の作品集。彼が霊的・オカルト的なテーマに最もインスピレーションを受けていた時期のものである。彼女に「小躍りして喜ぶよ…」と言って手渡されたが、とっても嬉しかったけど「小躍り」がどんな踊りかわからなかったので、特にその場で躍りだすことなくフツーに喜んでいただいた。

*明日2/2〜5まで再び東京。ギャラリーにも午後は在廊予定です。

仏母

自分自身をなんとかダマして元気なフリをしているつもりでも実はわかる人にはわかるようで、「アヴァンギャルドクロッキー展」搬入作業中「あなたは今日は早く帰って寝なさい」と同展出展者で日本画家の生井巌氏(虚無僧になりたい人です)より何げなく諭される。なにか後ろめたく隠してるものを見透かされた感じでドキっとした。忙しい生活などけして美徳ではないことはわかってるのだが…。とはいえ実はその日、当の本人生井氏の齢70才の誕生日ということで結局彼の言うことを聞かずまた飲み明かしてしまうことになるのだが。そんな彼が翌日の忘年会の日(性懲りもなくまた呑む)おもむろにカバンから取り出して僕に託したのは「仏眼仏母」他4体の写仏画であった。どういうつもりでその精緻に描かれた仏画を僕に渡すことにしたのかは結局聞かず、なにより尊敬する作家の真筆であるし、しかも仏画であるし、ただただ嬉しくてありがたくいただいた次第。後で考えるに、あまりにも疲れて可愛そうな僕にきっと元気を出しなさい…と励ましてくれたのだと思っている。事実その日も結構深酒をしたのにも関わらず翌日なんとか元気をとりもどし、件の横尾氏の公開制作に府中まで出かける気力が湧いてきたのだ。仏像も仏画も何かを信じたい人間の脳が生み出してしまった“シルシ”にすぎないと見る向きもあるだろうが、そういものが人の身体とココロを奮い立たせることもまたある。写仏画には仏の名称や(おそらく)梵字の発音表記、出展原本の情報なども丁寧に記録されてる。その中の2体に「仏母」という文字が表記されていて興味深い。初めて目にする言葉だが以前、胎蔵界・金剛界の両界曼荼羅を母子(子は男の子だったか…)の関係で宇宙全体を思考しようとする解説を読んだことがありそんなことをちょっと思い出した。

公開制作

17才の頃に撃たれた「SANTANA  LOTUS」のポスター。以来その衝撃と呪縛から開放されないな。好きなものは好きだからしょうがない。そしてこのたび初めて制作した本人に会いに府中市美術館へ赴く。なんで公開制作なんて不自然なことしてるのか理由はよくわからなかったが、一人でこもって描く時とはまた違ったものができるらしい。お題はやはり「Y字路」。ずいぶんと地味な色調であったが、見えてるものを見えないように描きたいんだそうだ。これも理由がよくわからなかった。制作中は撮影禁止なので写真は彼がバックヤードに休憩にいってるときに写したもの。まあ本人に会ったからどうということもないのだが、自分の中での一つの整理と言うかそんなとこだろうか。「魔除猫」のフィギアストラップを記念に買って帰る。あ、会いにいった人は横尾忠則さんです。