Date: 7月 4th, 2017
Cate: art, log
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龍にまつわるエトセトラ

フォッサマグナを発見し、大昔のゾウにその名を残すドイツの地質学者ハインリッヒ・エドムント・ナウマンが開国の御代に都に隣り合う湖国で見つかった龍の骨を太古のゾウの下顎と看破してみせた。しかし時の明治政府のお雇い外国人がこの国に来る機を得ず、もし本当に龍の骨であったということになったとしたら龍は死んでいたことになる。「龍が死ぬ」…ということは当然「龍が実存する」ということになる。先端の科学はそういう類いの実存の疑いをことごとくつまびらかにし、本来あたらなくてもよい部分にまでおせっかいにもヒカリをあて続け、世間を必要以上にシラケさせたかに見えたが、おっとどっこい博学とはほど遠い民草はといえば、日照りになれば相変わらず土地の龍の祠でご祈祷をして黒雲を呼んでみせ、当然龍が死んだ証拠などに一喜一憂することもなく、「生きていようが死んでいようが、気骨のある魂にはそんなことあまり関係のないことなんですよ…」と地元のおばちゃんは名言を放った…らしい。

かねがね龍を描くなら格好よく美しく…を信条にと思っていた。

初夏の京都鴨川左岸。四条大橋の一本南側の橋のたもとの街路樹がちょうど正午前の日差しを遮る風情であったので、対岸の木屋町界隈散策の疲れを一時癒そうと川べりに腰をおろし、心地よい風に吹かれしばし鴨の流れを傍観しつつ近辺にめぼしい名所旧跡などあるまいかとiPhoneの画面でmapを拡大すれば、背中腰に建仁寺の広い敷地が表示されている。徒歩2〜3分の距離であろう。
「ああ、双龍に逢え…」ということかと合点して、勇気をフリシボリ再び日差しのもとに身をさらす(暑いのホント苦手なんだ)。できるだけ日陰を選びつつ(なんか湿気を好むムシみたいだけど…)歩きながらつらつら思い起こすに、たしか京博での展示を見逃した海北友松の雲龍図もそもそもここの障壁画ではなかったか。
見上げればおよそ龍の出現など期待できそうもない雲ひとつない真夏のような青空。ならば自らおもむき龍の巣窟たる臨済宗古刹の門をたたこう(入場券を買う…とうことです)ではないか。
残念ながら期待した海北友松の雲龍図は高精細レプリカであったけど、どうせ美術館で原画をみたとしてもガラス越しだし、これはこれで本来あるべき空間で感じるという意味では見応えがあったかも。ひとしきり鑑賞という名目で涼みながら本坊を回遊した後、小泉淳作画伯が2年の歳月をかけて制作した双龍図のある法堂へ。不思議なものでそういえば上洛する直前に何気にこの双龍のメイキング特集をTVで見ていたことを思い出した。そうだこの龍たちは北海道で描かれていたのだった。大丈夫かなぁ…北国生まれなのに、この都の夏…。どっぷり寒冷地仕様のカラダになってしまった僕はそんな杞憂もしたりしながらうっとりと天井を見上げる。

龍を描くなら格好よく美しく…。

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