Jin Nakamura log

13310

3/10、煙霧の日、そして一日の気温差20℃の日、表題の講座に参加、月島にて。

わかったこと2つ。金箔の上には絵の具は基本的には定着しない。そりゃそうだよな未来永劫変化しない金属地の上に別な何かが化合して定着するわけがない。もちろんそうは言っても…とあがくわけだけど「無理なものはムリ!」潔くてよいではないか。

もひとつ。中国にはすでに「膠」という漢字は存在しない。ま、この件については先生も「聞いた話」ということ前提ではあったのでもしかしたら異論もありかもだが、それにしても興味深い。“「膠」という漢字は存在しない”が意味するものは、すなわち“膠で顔料等を定着させる絵画技法が存在しない”と同義だという。我が国ではその方法で描かれた絵画を特に「日本画」と分類している。かねがねこのジャンル名の不思議さを思っていたわけだが(だってフランス画とかドイツ画とかないでしょ。油で溶けばそれは油絵だし)それについても、幕末の海外勢力の侵攻のトラウマから極端な国風文化を切り捨てていったあの不幸な明治維新の時期を経た反省の上に、一つの志をもって時の芸術家たちが銘々したものであるとようやく理解。

というわけだからそれらは言ってみれば「ニカワ画」でいいか、そもそも大和絵なんだな。注目すべきは元々はやはり大陸から伝わった文化の一つであろうから、そちらに因んだ名称がついていてもよさそうなんだが、上記の説だと宗家の方ですでにその系譜が途絶えてるとなれば、今となっては「日本画」という名称が残ったのは必然とも言えそうだ。(ちなみに現代中国の画家御用達はだからもっぱらアクリル系)

実はこんな感じで発祥元の宗家の地ではすでにその奥義が途絶えたものが、別な土地で連綿と受け継がれているなんてことは案外多いのかもしれない。そういや空海が伝えた密教なんかもそうだよな…。日本は西からの風が最後に流れ着く場所。島のカタチも偶然かもだがパラボラだしな…やはりオモシロキところ也

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