Date: 9月 27th, 2013
Cate: exhibition, log
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wander TOKYO -6

さて、そもそも上野にきたわけはというと「国宝  興福寺仏頭展」を藝大美術館で拝観すべく。あの鋳銅製のどでかいアタマだけのやつ。過去2度ほど対面しているがまったく飾り気のないそのお顔はホント素朴な印象で、ゆえに仏教世界になんとなくゴージャスな雰囲気を指向するぼくは、ただ黒っぽくおおきいだけのアタマにはそれほど魅かれなかったので、ソレが実はどういう謂れのモノなのかあまり知らなかったのだ。

で、今回初めて知った事実。

1,彼は薬師如来であった!…たしかに興福寺といえば木造の十二神将シリーズは有名なのだが、十二神将といえば言わずと知れた薬師如来の守護神なわけで、もっと言うと12人お一人づつには7000の眷属が付き従っているわけで、すなわち12×7000=84000の大守護軍ということになる。この数字を思うとき、いったい彼らはナニと戦うつもりでいるのやら…と。

2,彼は大仏であった!…あたりまえだがアタマであのスケールである。焼失してしまった胴体部分を想像すれば、完全体のそのお姿は尋常ではない大きさになる。お近くの東大寺の毘盧遮那仏には及ばずともこれは十分「大仏」と呼ばせもらってよいと思う。ちなみに座像であったか立像であったかは今となっては確認できないが仮に立像であったらかなりの身長になるので、これを安置するお堂を建てるだけでも大変なことなので、おそらくは座像であったろうな。

3,彼は500年間忘れさられていた!…被災後再興された本尊の台座の下に安置されたまま500年、みなの記憶から消えていたらしい。発見されたのは昭和に入ってからだとさ。アンビリーバボーですな。

4,彼の左耳は大きく陥没していた!…今回会場では頭部を詳細に立体スキャンしたCG映像が見られるので、よくよく見るとそのいたましい事実がリアルにわかる。おそらく被災の際に建物の大きな梁などが直撃したのだろう。

というわけでぼくは是非この白鳳の貴公子と称される彼の本来のお姿を復元して、現存する十二神将をその周囲に各方向を守護するかたちで配置された風景を見てみたいと思うのだ。

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