Date: 6月 14th, 2013
Cate: art, log
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縄文

タイムマシンがあったら確実に過去に遡ってゆきたい。未来に興味がないわけではないがなぜだろう、自分の来し方への興味からかな。ポイントはいくつかあるが近い方から「江戸期」「平安末期〜鎌倉」「白鳳〜天平期」あたり。江戸期はやはり絢爛奇想たる絵師たちの技に触れたい想いがあるが、古い方はやはり日本バージョーンBuddhismの変遷とルーツを探りたい。加えて最近さらに遡り「縄文」のkey wordが浮上する。前々から原生林の列島を見てみたいとは思っていたが、この件が実現しそうである…といってももちろん実際に行くわけではないけれど。

2014年3月「縄文」をテーマにした展覧会の企画が正式に決まった。なんかすごいワクワクする。当時の日本(まだそういう名称ではなかったが)世界的な土器レース(そんな競技もなかったが)の先端を走っており、その間約1万年以上にわたりほとんど狩猟・採集による生活が維持されるという世界的にも類を見ない平和な時代が続いた。それだけこの列島が豊かであったということだ。

写真は僕の住まう御代田町面替という地籍の縄文遺跡発掘現場の風景。清流「湯川」沿いの高台に位置し西に八ヶ岳から北アルプス、北に浅間山という配置だ。現場識者の説明によると縄文人はロケーションのよいところに集落をつくる傾向があるという。湯川は現在この地点からは渓谷のように深いところにあるが1万年前は今よりも30M以上高いところを流れており、ちょいと下りれば新鮮なイワナなどgetできたことだろう(ちなみに昨夏僕はこの川でボウズであったが)。たしかに他にも長野県内たとえば縄文のビーナスなどで知られる「尖石遺跡」は八ヶ岳西側山麓地帯の大扇状地状にある高原に位置し遠く名勝諏訪湖を臨めるといったレイアウトである。想像するだけでも美しい風景ではないか。

やはりヒトは気持ちのイイとこで暮らさなきゃなんだな…。そしたら、かの「火焔土器」やら「遮光器土偶」やら、えも言われぬ想像力を自然のなかからフツーに得られるのかもね。どんなものができるかな、今から楽しみです。やっぱ自然のチカラをちょっと借りなきゃだなー。

ちなみにこの遺跡のすぐ脇に「大星神社」というすてきな名前のお社がある。地域の産土神社であると思われるがいったいどんな神さまをおまつりしてるのだろう…。

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